日月星辰ブログ

Vive hodie.

初めて業スーに行きました。

 ずっと都内で暮らしている。

 上京したての頃は、田舎にはあった「なんでもかんでも揃う郊外型大型スーパー」が近くにないことにいたくショックを受けた。マンモス大学に入ったので、入学式の時に山ほど賃貸仲介業者のチラシをもらったが、「新入生向け」「女子大生向け」「家具付き」「オートロック付き」と比較的初心者向けのそれらは母にすべて却下され、叔母と母とで地元の不動産屋を回ることになった。

「ここ、いいんじゃない?」と叔母の一言で、予算より5000円ほど高めの家賃の物件を契約し、結果そこに五年住んだ。大学まで徒歩三分。電車通勤をしなくて良いのが魅力だった。都心ど真ん中ではあるものの幸い、生活に必要な施設はだいたい揃っていた。東京といってもごく限られたオフィス街ででもない限りは、そこそこ人が住んでいる、と言うことをそのとき初めて実感した。

 その、お高めの家賃のマンションは坂の上の、ちょうど町区が変わる境目あたりに建っていた。住所上とはちがう、通りを挟んで一本向こうにいくつか店が並んでいた。洒落た雑貨を売る店、電気屋、本屋。スーパーもちょっと歩いたところにあった気がする。たしかマルエツだったと思う。

 郊外型の、2階に雑貨や服、鍋ややかんなどのこまごまとしたもの、おもちゃ、本、などが売っている店が入っているようなスーパーしか知らなかったために不便なことがいくつかあった。植木の土とか、自転車とか、そういうものを買うにはどこにいけばいいのかわからない。自転車はともかく、植木の土については実はなかなか難しい。花屋? 植木鉢までは置いていない、というところが大半である。植木を育てるのは諦めた。

 他にも、「布団干し用の大きなクリップ」とか、「ベランダ用のほうきとちりとり」とかそう言うものが見つからなかった。しばらくして、大学に友達ができたところで東急ハンズの存在を知る。一時期は何を探すにも東急ハンズに行っていたが、植木についてはとうに諦めていた。土とかそれ以前に、思いのほか自分がぐうたらだったからである。一人で暮らし始めると自分がいかに何もしないかを痛感することがままある。

 それから20年以上東京で暮らしている。引っ越しは今いるところに移ってくるまでに4回している。4回のうち2回目までは山手線の輪っかの中、3回目からはもう少し北東に行けば家賃が安かろうと、荒川を超えた。荒川の先は確かに家賃も安めで、緑も豊かだった。3回目の引っ越しの時に、自炊がしやすい物件を重視し、はじめて二口コンロのある物件に住むことになる。それまではしょぼい電気コンロだけでどうにかしていた…と思うと想像もつかない。当時の日記を見ても、自炊の記録などかけらも残っていない。特に、3番目の住処はびっくりするほど狭くて、自炊どころかゴミ屋敷化を阻止するだけでいっぱいいっぱいだった。

 とにかく広いところに引っ越したい。不動産屋には友達にもきてもらって、内見に付き合わせて決めた物件は家庭用ガスコンロが付いていた。古いプロペラ式のちゃちな換気扇、流しの前についている、格子付きの窓(そのまま外は共有廊下につながっている。火のそばなので当然カーテンはつけられず、人が通りかかると人影が映った)。窓が付いているのは換気などの安全を考慮したためだろうか。窓からは街路樹の桜並木が見えるのが癒しといえば癒しだった。ガスコンロと桜並木でそこに決めたようなものだが、常に換気扇を回してないと虫が侵入してくると言う欠点もあった。

 この物件に暮らしている10年間に、ようやく「行きつけのスーパー」というものができる。都内スーパーユーザーとしてはまだ10年程度のキャリアである。ココスナカムラというスーパーが近くてよく行った。というか、そこ以外にはほぼ行かなかった。

 そこに暮らしている10年の間に、オオゼキとか業スーとかの存在を知ったが、どちらも近くにはなかったのだ。業スーに似たような、業務用の食材が置いてある卸売り屋のような店はあったが、大きな通りを渡らないと行けないという心理的なハードルがあり、あまりいかなかった。一度行ってみたものの、お得用のお菓子か何かを買っただけで、あまり盛り上がれなかった。

 いつかは行きたい、コストコに業スー。

 なんでも安いとか、大きいとか、肉なんてキロ単位で売ってるとか、でかいカートをぶん回して山ほど買い物するとか、いろんな噂は聞いていた。IKEAだって当時は23区内にはなかった(今は原宿にあるけど)。そもそも、コストコも業スーもどこにあるのか長らく知らなかった。長年暮らした物件を引き払い、今の住処に引っ越してきて、二年ほどがたったころ(つまりいまだ)、徒歩圏内に業スーがあることを知った。

 見つけたきっかけは通院だった。病院にいく途中の大通りに、その地味な緑の看板はあった。

業務スーパー」。

 以前の東急ハンズのように、いつも私を助けてくれる店は緑色の看板を掲げているような気がする。コーポレートカラーが緑であることと、「なんでも揃う」ことのリンクがまた強化される。そのうち緑だと言う理由だけでLINEなどでもシャベルが買えると思ってしまいそう。いや、シャベルぐらいすでに買えるかもしれない。LINEなら。

 看板を見つけたのはしばらく前だが、入ったのは今日が初めてだ。なんとなく、店内の照明が暗い。味気ない蛍光灯の証明、そのためにあまりおいしそうに見えない野菜や肉。「うちは質実剛健だから。蛍光灯の色なんぞでごまかさなくても、安いから」とでも言われているような気がする。「ただいまよりスタッフが店内の消毒をいたします」という、新型コロナ禍ならではの業務連絡。レアだ。かかっている曲は何故か吹奏楽曲だった。

 肉はだいたい、大きなパックで売っている。今日買ったのは鶏胸肉のミンチ。「胸肉の」と明記しているところが他と違う。胸だろうガラだろうが一緒くたに挽いたと言うわけではないのだろう。それと、巨大玉ねぎ。小ぶりのもあったがそちらは外国産だった。しかも、中国産とかじゃなくてニュージーランドとか、カナダとか、なんかそんな国である。英語圏だった気がする。

 野菜はあたりまえのものが多いがとにかくデカくて安い。それにおそらくこれが名物なのだろうけど、海外からどっさり輸入したお菓子類がひしめいている。クラッカー。クッキー。シリアル。チョコレート。同じ区内では近所にもそういうものがあるスーパーがあったが、こちらは規模がちがった。

 あとはチーズが安い。業務用のスライスチーズなら300円ぐらいでたくさん買える。ゴーダチーズ入りのスライスチーズを買っておく。

 店内にはどことなく「古い八百屋」の匂いがする。日配品以外はなんとなくほこりをかぶっている。お徳用の海苔コーナーでおにぎり用の細長くカットされた海苔も買った。ふりかけの袋がでかい。

 レジには盛況を示すように長蛇の列ができていた。レジ自体はテキパキとして素早い。回転率は悪くないので、本当に客が多いのだ。レジ待ちの時に前に並んでいたお姉さんがくるりとこっちを振り返り、かすかに中国なまりのある日本語で、「ね、お姉さん、どっちがいいと思う?」と二つ大事に持っていた、一つ1キロぐらいしそうな鶏の丸ごと肉を見せてきた。

 うーん。

 g数は書いていない。値段は一緒。私は鶏肉の目利きではない。

「大きい方にしたらいいんじゃないでしょうか」

「どっち?」

 うーん。

 こっちかな。

 お姉さんは私が選んだ方を買って行った。