日月星辰ブログ

Vive hodie.

読書感想 辻真先「馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ」

 

8月は駆け込みで6冊。9月月初は軽めのミステリから。

辻真先の健筆は健在で、先日やっていた「ルパン三世」でもシナリオを担当されるなどもはや驚異的なのだが、昔アニメ作品の第一話といえば大体辻真先脚本、遡ればNHKのテレビ部門の創成期のスタッフだったという……日本のポップカルチャーの創造主の一人であり、50歳前後の人間にしてみれば幼い頃に辻脚本で哲学を刷り込まれたと言っても過言ではないではないですか。

 私はそれから少々遅れる世代だけれども、辻真先が大好きな栗本薫が大好きだったりして、絶対間接的に影響を受けている。すでに栗本薫が大好きな小説読みというのも古い部類に入ってくるのかなあ…

 

 さて。

 

 戦前戦後をクリアに記憶している現役の作家の新刊なんて、そう簡単に読めるもんじゃないですよ。今日日もう、ポップカルチャーの世界では辻先生ぐらいじゃないでしょうか。水木先生も鬼籍であるし。——とか思っては見たものの、それはさすがにはやとちりというか、大袈裟というか、視野が狭いというものであって、ちょうど終戦の年に生まれた私の父が77歳だから、80代でまだまだ元気ですよという方はそう考えるとまだまだいらっしゃるなあ。筒井康隆もたった二つしか違わないのだ。五木寛之が辻先生と同年生。そうやってお名前を並べてみると、逆に、ほんの20年前の私が「大御所」と思っていたところの先生方で、時の経つのの速さにちょっとめまいがした。

「馬鹿みたいな話!」はこれまで漫画原作のシナリオやら、軽妙なノベライズやらで、他人の物語の骨子を素早く掴み、さらりと提示する、という感じであった辻先生の、これは私小説的シリーズなのではなかろうか…と思った。若き日の辻先生を思わせる二人の登場人物——風早勝利と大杉日出夫というふたり…前者が作家・辻真先を、後者が気鋭ののテレビマン・辻真先をそれぞればりばりと二つに割って、「ふたりのウランちゃん」よろしくむくむくと泡で補ったようなチャーミングな若者二人である——、実在から架空までの役者や歌手、今の言い方ならタレント、彼らを取り巻くスタッフたちと、その人間関係。後書きで「虚実ないまぜ」であることを作者自身も認めており「もう時効でしょう」といいながらも結構衝撃的な事件の真相や動機(どこに実話が絡まっているのかは私にはわかりませんが)もまぶしてあるよ、という。

主人公のひとり、探偵役でもある風早は「高度経済成長なんてどこの話でしょうね」みたいなぼやきを入れるのだが、いやいやどうして。冒頭、映画会社の社長に頭から馬鹿にされたテレビマンたちが最後、とある「新機軸」にやはり「馬鹿みたい!」と呆れるという趣向。目まぐるしく技術も文化も発展し、上り調子で、びっちびちに元気だった時代である。どう見ても高度経済成長だよ。

 

 とはいえ今だって、たとえ外国からの借りものであっても、気が付いたらみんながスマホを持ち、Twitterから目を離せなくなり、AIラッダイト運動が起こる昨今だって、誰かの目で見れば「目まぐるしい発達の刻」なのかもしれない。辻先生もTwitterをやっていらっしゃるが、先生の目にはまだ「馬鹿みたいな話」には見えておられないような気がする。

 そういえば、ラストの「馬鹿みたい!」をいうのは、先生の分身じゃないな。彼の後輩なんである。先生はずっと、作中の大杉くんみたいに脇目も振らずに走っていらっしゃるだけなのかもしれない。

 風のように。