日月星辰ブログ

Vive hodie.

ゴールデンカムイ感想 #288 爽やかな男

 286話ぐらいから感想をサボってしまった。物語の展開が今までよりも一際ゆっくりになったせいもある。今は全話無料で読める。最新話も無論無料。

 来週は一週お休みらしい。ここで「一息つける」と思ってしまうのがこの漫画のファンの常套ムーブである。野田先生にはどうかじっくり、この先の展開を練ってほしい…

 

 以下ネタバレ。

 

 287話で門倉の刺青から「馬の井戸」のことを思い出した土方歳三。門倉さん、ギャグにまぎれてめちゃくちゃキーパーソンだよ。アオリもミスリードして「意味ない」みたいに煽っていたが、そんな意味のないものを意表をついて看守にわざわざ彫りつけるほど、ウィルクには余裕がなかったはずである。

 「箱館戦争の生き残り」「実は生きていた土方歳三」は設定としてパワーがありすぎて、それでもう十分じゃん、本編で活躍すれば十分じゃん、なんで生きてたか? ノリだよ、ノリ、としてしまっては凡百の作品だということがよーくわかった。裸にするには意味がある、とは野田先生の言だが、偉人を生きながらえさせるのにだって当然ながらプロット上大いなる意味がある。

 冒頭・扉絵で示された年表には、1860年台から脈々と計画を練っていたアイヌたちの苦難の歴史が綴られている。へっへ、カレバラ事故のことすっかり忘れてたよ。ロシア帝国と組んで日本政府から武力で北海道をどうにかしようと思っていたところに軍艦が沈んでしまって、榎本武揚率いる蝦夷共和国と手を組み、土地の権利を譲ってもらおう、という計画だった。そうだ。

 言葉では度々登場していた榎本さん、野田先生の筆による顔が出たのは初めてじゃない…? この人も肖像写真が残っているので、顔はある程度、決め打ちになる。

 黒田清隆は剃髪してまで榎本の助命を嘆願したが、犬童四郎助はまあああいう人なんで土方歳三を自分の城に閉じ込めて労役なんかを課していじめ抜き、結局意を翻すことはできなかった。北風と太陽みたいな話である。

 そこでまあ、カレバラ事故のことはとっくに忘れていたのに(鶴見中尉の尋問シーンは読むと胃が痛いので読み返しも最低限にしておきたい)、犬童のことを思い出して第135話 鎖デスマッチを読み返してみた。

「命乞いをしろ! 私に服従し私の部下になれ! 毎朝私の靴を磨きご機嫌を取れ!」

 一方で頭を丸めて助命嘆願に奔走した黒田清隆。榎本が当時一流(以上)の外交通だったとしても、この差。そら、おとせませんわ、犬童さん。口説くにしたって無理矢理はダメだよ。

 ちなみに榎本も極刑を覚悟していたものと思われるので、まるでころっと寝返って仕官したみたいなふうに言っていた犬童の認識もちょっとあまいし、そこが彼の限界なのかなあと思う。

 

 ところで土方さんはその点大変つつましい。「俺の得意なんて戦と馬、女ぐらいなものだ」とキムシプに言っている。多分ほんとうにそうだったんだろうが、榎本ぐらいのエリートになると正直何考えているかわかんないが、土方さんの魅力は読者にも一発で伝わる。他人に対する思いやりと敬意、恩義に報いる気持ち。報復と報恩が土方歳三の幹の一つにある。あとはケンカと馬、女なのかな… やっぱり。

 

 しかし冒頭の年表を見て、1869年にゴタゴタの中で捕らえられ、投獄され続けた(どうも犬童は自分の任官先に連れ歩いてるんだよね まーえっち)土方歳三が、40年あまりたってついでに世紀も改まった1902年にウィルクからアイヌの金塊の話を持ち出された時にはどんなことを思ったのだろう。

 えーそんな話、まだ続いてるの? とは思わないだろうか?

 昔そんなこともあったねえ、と思わないのだろうか?

 多分、思わなかった。すでにのっぺらぼうと化していたウィルクの言葉を信じ、協力することに決めたんじゃないか、と思っている。

 その間アイヌは50年近くも、明治政府と戦おうとしていた。北海道の土地の権利書も、残りの金塊も五稜郭に隠して、機会を伺っていた。

 作中の約50年ですら、なんて長い時間だろう、と思うのだけれども、いまだにアイヌ復権の闘争を続けている。

 レイシズムも偏見も、「偽物呼ばわり」もいまだにある。彼らは150年間、さまざまな方法で戦い続けている。

 その重みに、思いを致さずにはいられない。