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日月星辰ブログ

Vive hodie.

「詩的思考のめざめ」まじ良かったから早く感想書きたかった

書きなぐる。

 

いや、まじで面白かったし。

 

阿部公彦先生のファンになりました。読了の勢いでこのシリーズの前作「小説的思考のススメ」もぽちりました。

もともと、詩は嫌いじゃないです。むしろ好きなほう。小学校の時に賞をもらったり、貼りだされたりしたものはだいたい、そのあたりでした。標語とか、詩とか。読書感想文は苦手でしたが…

言葉のナマの匂いを「嗅ぐ」のなら、詩がいちばんだ、とも思う。でも、「読み方」となると甚だ、心もとない。

まあ、いいや楽しいし、で放置して約40年間。それを丁寧に、優しく、かつ易しく説明してくださっている本にようやくめぐりあい、「それな」となったわけです。

 

もっとも、「それな」なんてエラソーなことを言って、自分の脳内で起こっていた出来事は皆目説明できなかったわけですから、褒められたものじゃありません。阿部先生はほんと、多分、10人聞いたら10人が「それな」と思うように、この不可思議な「詩なるもの」を説明している。ありがた。

「小説的思考」のほうでは、「小説はそもそも分からない」と突き放す先生、詩に関しては、「詩はもともとそこにある」とひどく親密です。はじめに、にこんなことが書いてある。

おそらく私たちはどこかで、自分なりのやり方で「詩」を知っているのではないでしょうか。教わらなくても、本を読んで勉強したりしなくても、なんとなく詩の居場所に心当たりがある。気配を感じ取ったり、作用に敏感に反応したりもできる。しかし、それ以上はなかなか踏みこまない。意識化したり、言語化したりもしない。 

 これ。これなんですよ。「それな」ポイント。 さらには、詩には「入門」せず、「そこから出て行く」ことこそがいい、という視点が、キー・ノートになっています。この禅問答が最後にはちゃんと腑に落ちる、そこがすごい。

 

 詩の居場所についての説明とか、「詩は単価が高い」とか、高村光太郎の「牛」は負けゲー、とか、例えがいちいち笑える。谷川俊太郎のトリッキーを「おなたうた」で説明する。とかいって、鞄の中にも、背広の背筋にも、確固たる学識と、明晰な理論を用意されている。最強と言わずしてなんというか。語り口のキャラ立ちと言い、論じられていることはすごく難しいのに、無理せずすっと入ってくる。

 こんな講義聞いてみたいよね、と思ったら東大文学部の准教授でした。あら。20年も前にこの本に出会っていたら、血が出るほど頑張って、東大目指したかも。ほんとに。

 それぐらい。