日月星辰ブログ

Vive hodie.

チェルノブイリ1986 感想

見た日:2022/06/02 18:40の回、新宿ピカデリー。ちっちゃめの10番スクリーン。

 

消防士の若者を主人公とした、チェルノブイリ原発事故を題材にとった恐ろしき物語。

こういうのはジャンルを何と言えばいいのだろう。何かにつけてジャンルわけ面倒臭いものが放り込まれるヒューマンドラマではないな。パニックものと言ってもいいのかもしれない。

最初の方はやや軽薄な30代の男女の物語である。美容師の女性のところに消防士の一団が登場して、「誰か選びなさいよ」とか同僚らしき女性がいう。「結婚相談所?」と返す女。ある男にフォーカスがあたり、彼がにやりと微笑み、女は拒絶して立ち去るが、男の方がぬけぬけと彼女に散髪を頼む。

 カメラワークが独特で、状況把握がちょっと難しい。アップが多いのかな。字幕で「チェルノブイリですよ」とは出てきた気がするけど、なんかもっとプライベートな映像に見える。

 「大いなる災厄」の前の日常の一コマが、(おそらく)ソ連の80年代ポップと風俗を織り交ぜた、突如現れた幼馴染の男と美女との許容と破局で描かれる。男がめちゃくちゃ軽薄なんだよ! 女の乗ったバスをスポーツカーで追いかけた挙句、バスの進路を塞ぎ、「彼女が降りなかったらどきません」みたいなことやる。なんだこいつ。っていうか、そういう感じなのソビエト連邦? ヒロインとそのお友達を見て、老婦人が「外国人相手の娼婦みたい」と毒づいたりするが、つまりはそういう、「軽薄な若年層ですよ」というのをここで印象付けたかったのか。ソビエト連邦下の80年代の空気感はすこし勉強になった。地元の人の描写なんだから確度は高いんだろ。

 

 それが、チェルノブイリ原発事故で一変する。

 キエフに異動を出していた主人公の男は、非番なのに借りた車(車の借り方も独特だったね 正規のレンタカーじゃなくて、見知らぬ女に香水を渡して「1日よ」とかいって借りるのである)で現場に急行するボンネットにどさりどさりと何かが落ちてくる。やけただれ、死んだ鳥たちなのである。

 耳障りな高音の軋むようなバイオリンソロが背景にずっと流れている。

 すぐ前のシーンでウォトカでいちゃいちゃパーティーをしていた彼の同僚たちが次々とやけただれ、あるいは放射線障害で命をおとす。男もまた、現場の相当深いところまで入り込み、命懸けで同僚を担いで救出するが、専門病院にしばらく閉じ込められる。

 

 実際どうだったか知らないが、みんな防護服とか全然着てねえ。せいぜいがぺそぺそのマスクで、目とかは丸裸。そんな格好で火元にジャージャー水をかけたりして、あたらに死んでいく。まじかよ。

 その後、当局の人間がやってきて、「なんとかして二次被害を止めたい、ひいては原発の冷却水を抜かにゃならん。誰か言ってくれるか」となり、まあ直情径行の主人公は行くことにするわけですよ。

 中で行われたミッションが本当はどうだったかなんて、ちゃんと検証されてるのかしら。50度の熱さに熱せられた冷却水プールに潜って、水を抜こうとする男たち。ここでもみんな簡単に防護用のマスクやらゴーグルやらをぺろっぺろ取る。おい。そんなところで軽薄発揮せんでもええやろ。

 重ねていうが、本当はどうだったかなんて知らない。検証されていての描写なのか映画製作者側の演出なのかはわからん。実際のミッションを事細かに映像で描写してしまったことで逆に嘘くさくなってしまってるのが気になった。野戦病院めいた、事故に関わった人々が放り込まれた病院のほうはいくらかリアリティを感じたし、バスに押し込められて何処かに連れていかれる住民たちの描写なんかは胸に迫るものがあった。

 あと、とあるシーンで出てきた、「僕は確かに子供です。ソビエト連邦が親です」というようなセリフ。前に読んだ本にもロシアの家父長的な政府のあり方について書いてあったが、「中の人」もそう思ってるんだね… となった。

 

 日常の軽薄パートも、決して幸せな感じじゃないところがまたしんどかった。いや、めちゃくちゃ幸せな家族の父親が「君たちを愛してる」とか言ってあたらに死んでいくのはもっときついか。若干複雑な背景を持った男女なんだよね。めちゃくちゃ幸せな主人公とかだと本当に救いがない…

 主人公は何度も決死の突撃をするのだけど、その度に元気に帰ってきて何こいつ…不死身かよ…となるのもちょっといただけなかった。同じミッションに参加した他の人はバタバタと死んでいくんですけどね。いやそういう人もいたのでしょうけれども。

 ヒロインと主人公の関係ももやもやした。お互い全然説明しようとしない。特にヒロイン。古いタイプの日本女性みたいに、自分の感情をうまく説明しないで、いきなり殴ってくるように見える。怖い。

 ウクライナ侵攻などで再び名前をよく聞くようになったチェルノブイリだが、このタイミングでこんな映画が公開されるのも何かの縁かもな、と思った。