日月星辰ブログ

Vive hodie.

「メメント」

クリストファー・ノーラン監督作品。

いや・みとけ。



結末からどんどんさかのぼってゆく、という奇抜な構成。筋も一筋縄じゃ行かないし、一度見ただけじゃいろいろと謎が残るというインテリジェンスな作品でした。
サミーは本当に=レナードなのか? そもそも様々に施した入れ墨の謎は? ラストまでみたところで事件の全貌が分かるのはせいぜい40%程度。結局「テディとは?」とか「ジョン・Gとは?」のあたりは闇に包まれたまま。

ああ、あの身体の入れ墨、他のはどんな理由で、いつ、彫ったの…? ああまた真っ暗な落とし穴に落ちていく気分に。

陰謀の螺旋階段を転げ落ちていくような行き詰まり感。それでも強烈な意志を持った主人公。いや・むしろ主人公は、強烈な意志を持つ男というアイデンティティを保つために、自ら陰謀を作りさえする。でも彼にとってはきっと死活問題。狂気と正気の間のぎりぎりで、自分を引っかけておくための何か。

すくいようのない・えぐいという解釈をする向きもありましょう。でも私は、ノーラン監督は非常にモラリスティックな人なんだろうなと思う。これは変種型だけど、天網恢々・粗にして漏らさずの類でしょう。…と、いうふうに解釈したい。そうじゃないとあれ、救いがないじゃん。ねえ。

ジョジョのネタで「記憶を保てない」「身体にメモする」というネタが拝借されていましたが、あれはあれで固有の生かし方をしてあり、ネタはまったくかぶっていない。ネタはそこにはなかった。むしろ「それを前提で」「どのようなストーリーの大伽藍を築くのか」です。ストーリーの設計図こそが「ネタ」であり、ディテルはお飾りに過ぎないと思う。「記憶を保てなくて身体にメモを残している」というある男のキャラクターを、どう配置するか、それを土台の石にして、何を建てるのか、その建物の設計図は、どうなっているか、が重要でしょ? この建物は間違いなく、大伽藍です。しかも地下に向かってまっすぐに伸びる。でも入り口からは、一条の光が差し込んでいる。そんな建物。