読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日月星辰ブログ

Vive hodie.

これ読みました。

史遠さんのご推薦にて、早速我が家のアンテナにも加えさせていただいた、黄土高原からの通信ブログ、「紅棗がみのる村から」。文章もなんとも素敵で、また写真もきれいで、私もさっそく本を購入いたしました。うん、今日読むのにまさに最適な本で、買って良かったと思ったよ。いつも貴重な知識をいただいています。

私にとって、太原=并州張遼、みたいなミーハー心の方が強いですが、日本の陸軍が侵攻し、酷い目に合わせてしまった地域でもあるのです。ミーハー心だけじゃ駄目だ。
戦争についてしみじみと、考えさせられる本でもあります。まさに、広島・長崎の悲劇と読み合わせるべき、悲劇。
筆者は生年1947年と奥付にあるので、ぎりぎり戦争を知らない世代。それでもある邂逅をきっかけに、老人達の「戦争の記憶」の記録者となります。
この本に出てくる老人達のまあ優しいこと。虐げられ、隣人や家族を殺されたその人が、こんなふうに話せるものなのか、と思いますが、これはあるいは、60年という時の流れがあったればこそ、なのかもしれない。でも「ずっと待たせてしまった」と著者が書くとおり、もっと早くにこんな対話が出来ていれば、良かったのかも知れない。
かつて憎まれて当然のことを、同じ国の人間がやった、その土地に単身飛び込んでいくという気概もすごいですが、何よりその眼差しが優しい。それに言葉は方言の所為でほとんど分からなくて、テープに撮った音声をまず普通話に直して、その後日本語にするっていうから大変な作業ではありませんか。そうまでして聞き取られてきた貴重な資料が、本として日本で簡単に手にはいるのは本当にありがたいことだとおもいます。そうして、「あとがき」に出てくる若者じゃないけれども私も、戦争という悲劇に対して、今の私に、「何か出来ることはないか?」とうーんと考えさせられる本でした。直接の当事者世代ではない私だからこそ、なにか出来ることはなかろうか? 記録か。語り継ぐことか。それとも…。

ひとまずこの本を読み終わって私に出来ることは、この本の存在をブログに貼ることなんじゃないかな。みなさん、別に私のブログからのリンクじゃなくてもぜんぜんいいので(アフィリエイトリンク貼ってますしね(笑))、ぜひこの本、読んでみて。

追記:ミスタイプ修正 ありがちあ→ありがたい …一番大事なワードをミスタイプする。台無しじゃん!!