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日月星辰ブログ

Vive hodie.

ビジネス書いろいろ

あたい、一つ法則を発見した。

自分の主張する方法や法則や仕事の仕方について、「しろーとには簡単にはおすすめできない、がやれ!」というタイプの著者と「ほらね、簡単でしょ。だからやろうよ!」というタイプの著者に大別されるように思う。

今回はこの3人より。

齋藤孝

長野慶太、

そして現在あまぞんで一位の、浅野ヨシオ。

前述の「難しいがやれ」なのか「簡単だよ、しようよ」かは、著者の立場とか、キャリアとか、そんなファクターももちろん、作物の基本スタンスに大きく影響されるだろうと思うけれども、結局どっちにしたって究極は何が書いてあるかで本当はどっちでも良い。上記の3人はそれぞれ異なるスタンスに立っているけど、私、上の三人はみんなそれぞれ真摯で好きだなあ。さすが仕事が出来る人は真剣で、と同時にそれを惜しげなく披露してひとのこころを掴むのも上手いんでしょうなあ。

前述の分類で言うと、長野慶太氏は前者、浅野ヨシオ氏は後者。斉藤孝氏は「簡単だけども熟練が必要」的な中庸のお立場であろう。
私はマンガ「ぶっせん」のつまんだが言うところの「がんばったぞエクスタシー」系の性質をもっているので、斉藤氏に一番共感しました。たぶんね、「がんばったぞエクスタシー」持ちは日本人に多いよ。武士道です。

でも結局。何かのノウハウって、ある程度の難しさがあるわけで、「簡単だよ、今日から試せるよ」という浅野氏のメール術をしろうとが上辺だけマネしたところで、おともだちやクライアントはドンびきするばっかりでしょう。やっぱりノウハウとは深遠なモノなのです。

人の悪さから言えばあたしゃいちばん人が悪いの、浅野氏だと思うね。愛のメール術を持っているくせにお人が悪い。「簡単にできますよ」なんて甘言、おいらは信じない。自分の持っているとくいわざを「簡単に…」っていうことは確かに簡単だが、長野慶太氏のようにキビシく、「凡百の時間術には無い視点」とか毒舌を吐いているひとのほうが正直なようにも思う。
長野氏の文章上でのクチの悪さも独特で、面白い。人のお尻を容赦なく叩きながら、自分の「技」の欠点や深遠な落とし穴も惜しげなく警告する。とくに「TIME YEN時間術」ではなかなか落ち込んだら恐ろしい罠が口を開けている。ただの毒舌じゃねえ。このほんは基本的に、きちきちきっちり時間を究極まで節約するテクをご披露だが、読者が強い反発を覚える頃になってこの「罠」を開陳されるテクニック…なんまんぶと売るひとの書きっぷりたるや壮絶なものすら、感じられる。

文体・構成においてもビジネス書って結構参考になるのね…。