日月星辰ブログ

Vive hodie.

取材

仕事で取材に行ってきた。

普段から、書き物の仕事をよくするというわけではない。普段の仕事は営業職である。

が、なんだか知らないけど社内媒体の記事の仕事などをやることになる。嫌いな仕事じゃないし、役得でいろいろな人に会えるのだが、さて記事をまとめようというと結構カロリーの高い仕事なので、受ける時は慎重になる。

 それでも今回は、取材先から「是非に」などと言われて浮かれてホイホイ赴いた。実際、会いたい人にも会える仕事だったし。

 非常に気さくで、まさに気さくという言葉通りの気さくさの人で、いや、気さくなどという言葉の枠に括るにはあまりにチャーミングすぎるぜ、という人で、尚且つ非常にプロフェッショナルだった。お話も面白かったので、早く記事にまとめたい。まずはテープ起こしだが、これが私どうも下手くそで、なかなかこう、要点をかいつまんでという風にできない。なんか知らんが細部に忘れ物をしてるんじゃないかとか思ってしまい、そもそも自分の進行の仕方がまずくて全く役に立たない話をさせてしまっていないか? とか、いろんなことが必ず終わった後ですごく気になってしまう。テープを聞くのも気が重くなるほど。

 まあ聞いてみると、少なくとも自分の視点では、なかなかいい話、引き出せてるじゃないか、と自画自賛したくなるレベルにはなんとか仕事になっていたりするもんなのだが、まあ、目の覚めるような名文になるかというと、それはねえ…また別の話じゃないですか…

 記事をまとめたりする仕事をやっているのは長らくほぼ私一人で、インタビューについて全く自分では何も書いていない人にとやかく言われて腹が立つことなどもあったし、(過去に書いていた人だったのかもしれないけど、だったらオメーがやれやという気持ちになってしまう どうしても)反応は薄いし、とだんだんネガティブになってしまう。お世辞でも「あなたのように丁寧に書いてくれる人に話したいんだ」などと言われて一も二もなく仕事を受けたって、いいじゃないですかー。報酬はサラリーのうちではあるものの。

 しかし、周囲を見渡してみると、他の大人はもっと気軽に仕事をしているような気がする。そう見える。別に壊滅的にスキルが足りないわけでもないんだから、もっと舐めてかかってもいいんじゃないか…と思い始めている。舐めてかかる、が言葉としてまずいのであれば、「肩の力を抜いて」。この言葉、嫌いだ。慣用句に過ぎる。陳腐すぎる。何が、肩の力を抜いて、だ。意味がわからんわい。

 

今日から写真も趣を変えようと思い、取材じに持ち込んだマイカメラで周囲を撮ってみた。

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帰りがけなので周囲が暗い。猫がいる! という時にしぼりだとかなんだとかをつい忘れてしまって、そのままパシャっとやってしまう。マニュアル設定挑戦中だというのに…