日月星辰ブログ

Vive hodie.

ジョン・バカン 三十九階段

タイトルから勝手に、セバスチアン・シャプリゾの「シンデレラの罠」みたいなサスペンスミステリっぽいものを想像していましたが、野原を転げ回ったり、変装したり、納屋を爆破したりするわりかしに愉快なやつでした。

 

暗号の書かれた黒い手帳、怯えきって転がり込んでくるひとりの男、そして自室で「床に短剣で縫いとめられる」死体…、不気味な追跡者、カーチェイス、飛行機(当時は複葉機か?)の偵察、変装。わくわく要素てんこ盛り。

書かれたのは1915年。日本では大正時代。まだアメリカで初の長編映画が公開されたとかそういう時代よ。登場人物に考古学者や貴族が出てくるんだけど、片眼鏡の似合いそうな紳士に違いない。そう思って改めて見てみると、ストーリーの書き方や展開の仕方には、ドイル的な明晰さがあると思う。ロマン的な展開の速さとめんどくさいこと言わなさ。

はじめはロンドンに飽き飽きしたアフリカ帰りのお坊ちゃんかなと思ってたハネーくんは度重なる困難に的確に対応して意外なタフガイぶりを発揮するし(もっともこのころ、植民地から帰ってきた英国人はみんなタフガイだったのかもしれないけどそのあたりはよく知らない。なにかとボーア戦争が持ち出される例のやつよ)、追ってくるドイツ人はスパイの面目を十二分に発揮する。まだ、ジェームス・ボンドもいない時代である。イアン・フレミング坊ちゃんが6歳の年。

敵に回るドイツ人というと、ついナチを思い起こしてしまうけど、1919年にはドイツ労働者党が生まれている。ヒトラーもかつてはスパイだったことを考えると、ハネーくんを追いかけた三人組のような人々の中に、ヒトラーもいたのかなあ…とか妄想してしまう。

ラストシーンの、本職スパイとハネーくんとの大勝負のシーンは、残りページをつい確認してしまう(あとこんだけしかないけど、どーすんの?!)名シーン。ハネーくんも出世したみたいだしよかったね、という結末。

途中の逃亡劇で助けてくれる人たちも印象的なキャラで、宿屋の文学青年とかどんだけいい人だよ…となるし、貴族の坊ちゃんに演説を頼まれたりとか、ほのぼのシーンもある。

 

この、ハネーくんの話はシリーズ化したらしい。大尉になった後のハネーくんがどうなったのかすごく知りたい。