日月星辰ブログ

Vive hodie.

わたしを離さないで

すごい話だな、と思った。

 

 

 未読の方はどこでもいい、書店に飛んでいってすぐ読むといい。カズオ・イシグロに純文学作家みたいな思い込みがあるのだとしたらもったいない。

 時代は30年ほど前。国はイギリス。…だけど、設定はSF。

 もう少しきちんと読み込まないと的を外している点もあるかもしれないけど、冷戦後であろうことはなんとなくわかる。「語り手」の社会常識が偏っているから、ソ連がどうなっているのかが今ひとつはっきりしない。

 語り手は発話時点では30前後らしいので、物語の大半はそれより更に前に遡るわけだけれども…、(60年代後半から、70年代くらいまでにかけての年表を思い描きながら読めれば、もっと楽しめると思われる。多分)そういう時代に、こういう物語がリアルにあったら… と思うとちょっとゾッとする。

 英国ならさもありなん、と思わせるところもたくさんありながら、日本のどこかでこういうことが起こっていても不思議ではない、と思わせる何かがある。アメリカも。ソ連も。中国も皆然り。それぞれ哲学やスタンスは違えど。

 これが、もしあの時代だったらあちら側の国のファンタジーになっていたかも知れないし、未来を舞台にすれば、近未来でも、遠目の未来でもまあ広義の「ディストピア」小説ということになるのかもしれない。でも、この作品のグロテスクなところはそれをほかならぬ20世紀後半の話として語っているところだ。

 …あまりしゃべり散らすとどの文脈、どの一言、どの単語の響きから“ネタ”が漏れるかわからない。漏れたが最後、多分作品の既読者で、この作品からイシグロニアン(なにそれ)になったんだーという人に後ろから刺されるかもしれない。新月の夜は特に注意しなければ。だからこれぐらいにしておく。

 

 もっともカズオ・イシグロは1作ごとに作風がかなり違う。意図的に変えているらしい。だからこの作風が好きでも、最高だと思っても、次のイシグロ作品はおそらく同じテイストではない。

 でもきっと、これよりもっとすごいものを出してくるにちがいない。