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日月星辰ブログ

Vive hodie.

深夜の会社に閉じ込められました 3

今回で完結編にしたい。

 

正面玄関からでられる、ということをすっかり忘れていた。それほどテンパっていたということだろう。

それでも、それを聞いて電話を切ったあと、私はひとしきり躊躇した。正面玄関のある1階は半地下になっていて、昼間でもなんとなく薄暗く気味の悪い場所なのである。長い廊下の先には倉庫として使われている真っ暗な部屋があり、大掃除をする前まではガラクタ溜まりになっていた。例のアレがたまるとしたらまずここであろう。

――やだな。

とはいえシャバの空気が吸いたい。意を決して階段を降りて行き、なるべく余計なことを考えないようにしながら一階ホールの電気をつける。自社商品のキャラクターの人形が沢山並べられているが、夜は不気味だ。なるべく見ないようにして扉を開ける。

「でられたじゃん!」

 まあ当たり前なのだが、喜び勇んで通用口に回る。外側から操作して開けばこの罰ゲームもここでおしまい。クリアだ。

「…あれ?」

 やっぱり開かない。

 失意のうちに、再びαさんに電話を掛ける。

「ひとまず僕が行くから、待ってて。1時間ぐらいかかると思うけど」

 仏のような人だ。

 ツイッターには空疎な日常が流れていた。この時ほど空疎と感じたことはない。

 1時間待つ間に、なにもしないのもつまらない。

 幸い、工具入れの場所は知っている。トンカチとドライバを持ちだして、再び通用口に。黙然と閉まっている扉の、まずはびくともしないレバーを叩いてみる。

 何も進展はしない。次にドライバを扉の隙間につっこんで…と思ったが、だいたいこういうところの扉って、ドライバひとつでこじ開けられるような構造になっていない。やっぱり駄目だ。

 こうなったらどっしり構えて待つしかあるまい。退勤前に消していたラジオを時報代わりに付け、本を読み始める。明日ぶんの業務を進めようとか、そういう考えはない。

 10時少し前、待望のαさんからの電話が入り、「今玄関」と仰るので、鍵を開けに行く。

「トンカチで叩いても駄目でしたね」

「今日はもういいから。今から鍵屋に連絡する」

「あのう…。一つ質問ですが、正面玄関の鍵って、外から締められないんでしょうか」

 エントランスについては、社員のほぼ全員が、中からしか鍵を掛けたことがない。外の様子については、詳しく見たこともない。

 おそらくいちばん会社の建物について詳しいαさんですら、「鍵を見たことがない」という。

 外に回ってみると、鍵穴はついている。めぼしい鍵を試してみたが、そもそも型が違った。

「どこかにここの鍵があれば、帰れるんですけどねえ…」

「いや、もういいよ。さっき鍵屋に連絡したら、緊急で来るって言ってたし。鍵屋待ってたら終電間に合わないから、どのみち泊まらなきゃいけないから、あなたはもう帰りなさい」

 そう言われれば、まあ帰りますよね。

 最後まで見届けてネタにしようなんていうブロガー根性はなかったので、帰らせてもらった。閉じ込められ事件の私の顛末は、ひとまずはここで終了ということになる。

 ――ので、ここからは伝聞したところである。

 その後、11時少し前に鍵屋が到着したそうだ。

 深夜だというのにがちゃがちゃあれこれやってみたものの、扉はやっぱり開かなかったそうである。しまいには、ドアノブと鍵の金具ををすべて取り外しても、まだ開かなかったという。それらがあったところには、取り付けた際に穿たれた上の3つ、真ん中に一つの大穴がされこうべの眼窩のように虚しく、開いている。それでも、扉そのものは頑として開かない。

 

 翌朝会社に出勤してみたところ、どうもαさんが貼ったと思われる「通用口故障のため、正面玄関にお回りください」の張り紙があった。

 鍵屋さんおよびαさんの見解によれば、鍵はとうの昔に保証期間が切れており、いつこうなってもおかしくない状況だったという。症状としては内部の金具が経年劣化で破損したということだった。

 明らかに怠慢による事故なのに、それを悪びれるという様子もない。

 というか、設備の点検に予算をつけてるのは一体誰なのか?

 それすらよくわからない。本気でばかやろうと思った。