日月星辰ブログ

Vive hodie.

教皇フォルモススとステファヌス7世

 日本や中国の宗教史なら、腐っても鯛・あいや痩せても枯れても東洋哲学専修卒業なので、少しは分かるのだが、昔は確かに好きだった西欧宗教史、ほんの基本的な部分以外、なーんも知らない。
 で、先日まで上野でやっていた『20世紀の万国博覧会 展』に行った折り、上記のようなタイトルの萌え絵画を見つける。どこがどう萌えかというとですね。上記教皇フォルモススは一見、死人のよう。土気色の膚に痩せ枯れた肢体を豪奢な教皇のガウンに包み、足首をリボンで縛られ、両の手は椅子の肘掛にこれまた縛り付けられ、ぐったりと座っている様子。
 対するステファヌス7世、かの教皇を糾弾するごとく、同じくガウンの格好で手には聖書、片手で憐れなフォルモススを指差す仕草。
 これだけを見て、あらゆる妄想を繰り広げた私と同行者mizinco氏は、帰ったらぐぐったれとばかりに携帯電話のテキストメモに二人の名前を入力、家路についたのでありました。
 しかし、久しぶりの大型展覧会に私はへとへと、mizinco嬢はこれまでの鬱憤を晴らすがごとくに無双2をやり倒し、結局フォルモススについてはひとまずお預けとなってしまったのです。
 一体フォルモススとは何者か。もやもやした疑問を抱えたまま、仕事は出来んと、昼休み、会社のパソコンにてこっそりぐぐって見たところ、このような記述が。
 出典: http://homepage2.nifty.com/arumukos/ththrs/pps/index.html

第112代 フォルモスス Formosus 在位891〜896 枢機卿時代に後の東フランク王国(ドイツ)の皇帝となるアルヌルフにイタリア王として戴冠したために、ヨハネス8世から破門されていた。 また教皇の熱心さのおかげでブルガリア人キリスト教に改宗した。 

第114代 ステファヌス7世(6世) Stephen VII(VI) 在位896〜897 フォルモルススへの憎しみにとらわれたステファヌス7世は教皇フォルモススの遺体を掘り起こし模擬裁判にかけた後ティベレ川に放り込んだ。 その結果民衆は暴動を起こしステファヌス7世を捕らえ牢獄で絞め殺した。

 えええ! なにその萌え設定(設定ちゃいます)! えと。萌えなんですけど! 死体を掘り起こすまでに憎んだ相手・裁判までかけてその死体をさらし者にしたあげくに河にほりこむんですか! か! しかもその結果民衆が暴動起こしちゃってるし!
 西洋人恐るべし。