日月星辰ブログ

Vive hodie.

武と暴力について(煙に巻くがごとく)

 暴力というものを、一日8時間、いやそれ以上、パソコンに向かって仕事をせざるを得ない身分の私が考える時、畢竟それは徹頭徹尾の机上の空論と化してしまう。

 暴力に関して具体的な一家言がある人間がごろごろいる社会というのは、非常に不健康だと思うし、自分がそれをおそらく一生知らぬまま死んでいける推定もある程度成り立つというのは、この上も無い幸福だ。「バトルロワイヤル」のような強制された暴力に身を浸す危険も、男女皆兵制だなんていって、はいつくばって演習場の土を舐めながら鉄の塊をぶら下げてヒイヒイ言うことも無く、無論機関銃を分解してその黒い油の匂いを指にしみこませつつ、べそをかきながら「貴様は遅い!」などとあしざまに罵られ、殴られることも無いというのはありがたすぎて涙が出そうだ。
 しかし、それゆえに、私はしばしば暴力について見失うことがある。われを忘れる、というのか、…寧ろ、対象に対しての審美眼をなくしてしまう、というのに近い。
 審美眼というのは、暴力にはもっとも似合わない言葉である。暴力に対する審美眼などという言い方は、冒涜に等しいのかもしれない。しかし、暴力から遠く離れてしまった私たちには、しばしば起こりうる誤謬でもある。暴力に対して私たちはほとんど、フィクションやメディアの形でしか認識することはなく、そこに善悪云々を逸脱した、審美としか言いようの無い、価値判断が混じってしまうのは致し方ない。

 暴力をふるわない人間にとって、ある暴力に関して善悪を判断するのはとてもし難いことである。
 現代では、暴力をふるうイコール悪という数式はつめ水虫のように根強く、道徳の深いところに根を張っている。これのおかげで、我々は白昼道端で暴行されて財布を奪われることも無く、ラッシュ時押しのけられておだんごのようになって転がりながら階段を下りる羽目にも陥らない。暴力を即否定する価値観は、社会的にはとても有用なんである。「DEATH NOTE」などに漂う。静かながらも圧倒的な暴力の描写に対して、反感や気持ちの悪さを感じるのは、現代人としては至極真っ当かつ、大切な感情なのだ。
 ところが同じ人間が「ONE PIECE」などの格闘漫画はOKだとか、推理小説なら人が死んでもしょうがないとか、それなりの審美眼をもって、フィクションにおける暴力に可不可の判断を下しておられる。もう聞き飽きた言い方に、格闘マンガには切磋琢磨が、もっとフィクション的発達段階が幼稚ならば勧善懲悪が、推理小説には報いや救いが存在するではないか、などと言い出すのである。
 私にはこの言い方は審美判定にしか聞こえない。暴力そのものの質等に対して云々しているのであって、暴力そのものへの価値判断は棚上げされているような気がするのである(あ・逃げやがった)。初めから審美判定を行っているのだ、という意識が判定者にあればよい。ところがしばしば、暴力に対して思考の停止してしまう私たちは、その判定を「善悪」あるいは「道徳面での可不可」だと決め付けて議論していることがある。PTAさんや一部報道さんがしばしば言うトンデモ説「バトロワ読んだら殺人者になった」とか、「いまどきの子供はこんなの読むから駄目だ」というのは作品全体・あるいは作品の描く暴力に容赦の無い「悪」と決定する判断をしているが、一体その根拠はなんなのか。同じ暴力を描いても三国志はいいのか。三国志を読んで殺人者になるやつだっているのではないか。ある日突然、真剣を振り回しながらどっかの学校にきもい男が押し入り、「戦国時代の武将のようになりたかった」と言ったらその年の大河ドラマは自粛になるのか。
 mizinco嬢の判断は「好悪」感情に特化している。その点で至極真っ当な論議だといえる。好きだ・嫌いだというのは善悪判断ではない。そして軽々しくフィクションに善悪判断をしてはいけないのである。ああもう言ってることがだんだんキモくなってきたので話題を変更したい。

 上記ちらりと書いたが、では暴力と武将などが使う、武との違いはなにか。
 具体的な行為には何の差も無い。人殺しである。暴力がすなわち悪ならば、武すなわち悪である。
 ところが、厄介なことに、武という概念には、武を振るった後の姿すら含まれている。少なくとも、漢字ではそのようだ。ここで辞書なんか引いたら論文ならば起こられるシーンだが、ココは論文ではないので、辞書からの孫引きでさらりとかわして行きたい。

武 1、ひとまたぎ。半歩の長さ。2.あと。ア:あしあと イ:事業のあと
 (角川新字源)

 上記では至極分かりにくい。申し訳ない。新字源の成り立ちでは、かかれていなかったが、一説に斧を伏せておいた姿の象形文字、という説もあるそうである。つまり、武という漢字には、暴力そのもののほかに、それがおさまったあと、という意味もあるかもしれないのである(突如こころもとなくなってしまった。孫引きの危険はこんなところにも潜んでいるらしい。とんだだ地雷だ)。
 で、せっかくなのでココから一気に落ちまで駆け抜ける。
 「蒼天航路」が果たして「武」をうまくフィクションに昇華した作品なのか、といえば、異論のさしはさむ余地はありそうだが、せっかく大好きな作品なのでこれでやらして。
 「蒼天航路」で張遼は当初、呂布を「至武」と認識していた。若い彼の、また当時の貫きとめぬ、玉のように乱れた乱世において、この認識は武人として至極真っ当なのか、もしくはそれにしてもあまりに幼稚なのか、私の知るところではないが、とにかくかれのなかで呂布軍時代11巻当初、至武といえば呂布さんだった。
 今、冷静になって要素だけ取り出して見ると、呂奉先ほど暴力にみちていた人もいない。呂布も後半、「民」という言葉に敏感になる様子を見せたりして、「武人」らしいところを見せるのであるが、至武と手放しに褒めてしまうにはまだあまりにプリミティブすぎ、それが呂布が死ななければならなかった理由でもあろう。暴力をふるったあと、それによって周りがよりよい状態になることを望むのが武であり、暴力をふるっているその瞬間がいかに華麗であっても、時間軸の哲学が盛り込まれていなければそれは唯の暴力なんであろう。あの作品の中で、曹操や軍師達がそれとなく漏らす言葉には、多分にその哲学が盛り込まれている。一歩発達した連中は皆「戦の一歩先」を考えるのが蒼天流なのだ。
 張遼にもその成長の後が見られ、郭嘉などの助けもあってか、「北伐」あたりでその武のスタイルが変わりだすのは読者ならばご存知の通り。「行軍すら心躍る」のは何故なのか。本人すら明確な答えを出し切れていなさそうなこの「武」の萌芽が、その後しっかりと茎を伸ばし、根を張るのがおそらく合肥なのである。
 合肥での張遼・李典・楽進らは、「武」というものが時間軸を含んだ、政治という枠内に収めるべき概念であることを最大限に有効活用して戦略を組む。この辺の頼もしさは演義の三人の比ではない。というか比べてはいけないんだけれども、単純な人間関係の齟齬がまた可愛らしいあの演義の三人とは似もつかない。「武」は示威であり、その後の政治の重要な要素である。矛を振るったあと、地が丸くならなければならない。張遼は過日の呂布のように、というかほぼそのままの姿で存分に武を振るう。しかし呂布のようなナチュラルな武ではなく、あくまで政治という大枠に括られたアートとしての武であることに徹するのである。
 それをあざといというか、洗練というかは、人に撚るだろう。しかし、ことはこれ暴力である。枠にはまらない暴力はどんなに美しくとも無意味だ。呂布にはおぼろげにしか無かったその認識が、合肥張遼を支える太い根となっているのが分かる。曹操の言う「万日の武」っていうのは、こういうことかなあ、とも思うのである。
 つまりすなわち。枠にはまり込まない暴力は暴力なのであり、武というのは前近代、暴力が枠にはまりきった頃にあった美しい価値観なのではないだろうか、というのが結論だったりして、mizinco様には反対演説のようにもなってしまって申し訳ない。くはは。
 あ・最後は随分キモ熱くなっちゃいました。すみませ、ん。
(以上別名:張遼を讃えるスレlubu一人ぼち版)